都道府県民共済の歴史は、昭和48年に埼玉県で県民共済が誕生した時から始まりました。

東京オリンピックの開催から約10年経った日本は、第一次オイルショックに見舞われ、生活者にとって経済的な余裕はなく、誰もが安心して暮らせる時代ではありませんでした。

そうしたなか、思いやりの心で助け合いの仕組みをつくろうと立ちあがったのが、都道府県民共済の始まりです。

きっかけは、昭和45年夏、埼玉のある町で起こった事故でした。

残業続きで疲れていた一人の工員が、帰宅途中にバイクの事故で亡くなりました。

掛金が高い民間の保険に入る余裕もなく、退職金もほんのわずかでした。

過労での事故にもかかわらず、労災も適用されない時代でした。

途方に暮れる奥さんと3人の子どものことを思いやり力になろうと、職場の仲間たちが立ち上がりました。

そこで、「少ない負担でいざという時の暮らしを守る保障ができないものか」と知恵を出しあい作り上げたのが、「仲間同士の助け合いによる非営利の保障制度」でした。

そして、この保障制度を一般の人のために広げようと、昭和48年に県民共済が誕生しました。

当時、「掛金は保険の6分の1」と新聞で取り上げられ、世間の注目を集めたそうです。

創業時の保障は、掛金2,000円で交通災害による死亡1,000万と病気による死亡300万でした。

今では、生命共済の新規加入者が毎年100万人を超え、累計で1,600万人超と、国民の10人に1人が加入していることになります。

都道府県民共済の情報誌「2013年 ファミリー倶楽部」より